計画と失敗が作るもの

S4100043594061[1].jpg
計画的に生きる事は
日本の子供の小さい頃から教育で培われた結果で
今日より明日、明日より明後日と
少しづつ計画的に進歩していくのが
理想だと言われていましたが
最近、そうでなくとも
少なくとも計画的ではないけれど
違う進歩があることに気が付きました。

それは、計画しないこと

人って計画通りにモノが進まないと
計画は失敗だ 失敗の原因はなんだ
と計画があるからこそ失敗が生まれます。

逆に計画が無いと失敗も生まれない。

大事な事がいくつかあって
失敗と言った設定を作らない事が大事で
計画が無い事と無計画である事は違います。

計画通りに進まないことがあると
会社では遅延の事を失敗と呼ぶことがあり
この事により人には責任が生まれます。

これによって大人は
失敗をしたくない
評価を下げたくない
君は何ができるの?と聞かれたくない
そんな心理が心の中に浮かびます。

浮かばない人はすでに
無敵の人かもしれません。

計画は失敗を定義し
失敗は評価を定義します、大人にとっては。

これを子供に当てはめると
成果や評価を求めると
計画が必要になり
直線的な成長を子供たちに課します。

てか、課してます。

一年から二年、二年から三年と
積み重ねの中で人は成長し
成果を作っていきます。

しかし

この過程に置いて、失敗できない物は
計画の中に存在し
失敗そのものが「苦手、出来ない、苦しい」と言う
意識を作っているとしたら
どうしますか?

計画的でないと言う事は
無計画ではありません。

ヴィジョンはあるんです。

それを非曲線的な成長が
遂げていければいいのではないか?

大人がチャレンジできないのは
心が若くないからでも
脳みそが覚えきれないからでもありません。

大人は「失敗を許されない。」から
大人はチャレンジに尻込みします。

かといって
全ての事にチャレンジしないと言うのとは
また違っていて
評価が生まれない場所や設定では
大人もチャレンジしてるんです。

例えば
新しい遊びに
新しい人付き合い
新しい習慣
新しい物

これに苦手意識はあるかもしれませんが
職場でのチャレンジよりかは
心が軽いはずです
何故か

他人の評価が付かないからです
失敗しても「あいつは出来ないやつ」って
レッテルを離れないからです。

大人が失敗を恐れるのは
失敗自体が悪い事ではなく
大人は失敗できないって設定で
生きているからなんです。

なので
失敗をしていいと言う事は
子どもにも大事ですが
大人にも当て嵌めていい事なんです。

計画が失敗を生む

非曲線的な成長もある。

どちらが良いと言うわけでもありません。

実際、どっちも大事ですが

計画が無い成長の在り方だと
失敗を生まないと分かりましたので
それはご自分に
ご自分の家族に
職場に当てはめてみてください。

佐世保でコスモス見てきました。

日曜日に予定が何もないってないのは一か月ぶりだったので、家族で過ごす一日としました。

家族がコスモスと見たいということで

秋にコスモスを見たいなんて、なんて秋らしい

イベントの過ごし方だと感心しました。

まず、実家に置きっぱなしにしてあった

子供用品を中古取扱店に持ち込んで処分。

もう、子供も生まれないだろうから

ようやく処分できました。

こういうのって処分のタイミングが難しい

ですよねえ、、、。

で、向かったところは佐世保のコスモスの見どころ

https://www.sasebo99.com/spot/274/

九十九島もしっかり見える展望台付きで

ちょっと感動。

となりの山小屋では牡蠣焼きも始まっていて

冬の到来を感じ始めました。

わが家が牡蠣を食べ始めるのは

もっと寒くなってからですかねえ。

わらってこらえて

日曜の車内での会話の一コマ

道を間違え百花台公園付近の路地を

うろうろとしていた時の事。

風景的には長閑な田舎町の街並みを

車で徐行していると「笑ってこらえて」

みたいだねって話になり、いきなりだが

歌を歌ってみた。

ういういやいやいや~~ろほいいい

????

難しいぞ。

そもそも笑ってこらえてを

ここ数年見たことないぞ。

「沖縄っぽい歌だね」

「民族っぽい歌だよね」

と、そんな歌を歌いながら

ドライブは終わった。

時間があったので

ういういやいやいを調べてみたら

へんなPVが見つかった。

どこの国の歌なんだろう・・・。

寄り道夫婦道(なぜうまくいかないんか?)

どうも、岩﨑です。

工務店をやっていると様々な家族の話や

家庭の在り方を垣間見れます。

その中で、まあ家を建てよう!と

いう段階まで来ていれば大体解決している

問題でも、新婚当初は夫婦の相違がなかなか

苦しい時間がくる場合もありますよね?ない?

ないならいいですね。

まあ、あるんですよこれが。

ちょっと間違えると離婚まで発展しますので

なぜにここまでに夫婦の話がうまく進まないか

一例をあげてちょっと話してみます。

大体において夫婦の話がこじれるのは

「お金」 「仕事」 「プライベート」 「子育て」 「家庭」

なんですが、これ以外も沢山あります。

大枠でこれくらい

小遣い制でケンカなんかもよく聞く話です。

しかし、今はそこを論じる気ではありません。

私が論じるのは「お互いの家庭像の相違」です。

例えば

あなたの普通は他人には普通でない と言う標語(あったっけ?)

これ、まさにこれ!って感じ

うちではご飯をお父さんついでくれます

うちでは掃除機は子供の仕事です

うちではお金の計算はお母さんがします

うちでは買い物はお父さんの仕事です

と、言った感じで各家庭で役割も目的も違うはず

夫婦でいえば、お互い育ってきた家庭をモデルとして

成長していますので、夫婦の在り方や家庭の在り方

子育ての在り方までが自分が育ってきた家庭を「正」

として残っているはずです。

その相違が夫婦の話のちぐはぐさに出たり

腑に落ちない行動の答えになるのですが

腑に落とすためにはある程度昔からの

家庭と地域の在り方を知る必要があります。

短く申しますと現代に生きる我々ですが

メディアや情報を通じての「家庭像」を一方的に

流し続けられることにより、ある種の押しつけがましい

ほどに家族像の刷り込みが行われています。

そのために本来は「現代家族」でいなければならない

家族関係が、実は一昔前の「近代家族」で止まっています。

それよりもっと前には「伝統家族」があり、古き良き日本の

家族制度を支えていてきました。

「近代家族」は高度成長期をモデルとした家庭像で

現在の女性推進や子育て参画の現代では機能しない部分が多く

その古い家庭像と現代の生活がかみ合っていない事に対して

夫婦の相違が発生しているのです。

よって、現代家族を知ることで自分たちが疑問に

思っていることや、腑に落ちない箇所を知り

それによって「お互いを知る」となれば

より良い夫婦・家族を築けると思います。

大村市 新築 リフォーム 自然素材の家 省エネ住宅 断熱工事 大工

もうすぐ8歳になる娘に思う。

どうも、岩崎です。

子育てはスキンシップをモットーに

愛情を持って楽しく面白く過ごす。

さて、もうすぐ8歳になる娘が

最近、子供からの脱出を感じる機会が

何度かありました。

もうそんな時期なのか。

考えても見れば

子供にとっては

主たる場は家庭以外なのかもしれない。

非日常はともかく

ご飯を食べたりおしゃべりしたり読書したり。

その他の世界での学びや影響も

十分に子供に反映されるだろう。

子供が子供らしく

親にべったりと甘えてくるのは期間限定な訳だし

そのうち嫌でも距離を取りたがるだろうし。

これまでの時間を子供に費やしてきて

親子関係としての基本的な土壌を作った。

付かず離れず、距離を保ちたいのである。

0歳~7歳の濃密な時間を父親と子供の関係

主たる父と母の関係

どのような家庭環境を継続していくか?

当たり前の事をどれだけ面倒くさからずにやれるか。

家庭内の家事の配分は?

家族の主たるコミュニケーションの場は?

家族で育児が出来ているか?(二人でやれてるか)

もちろんコミュニケーションの主たる場は

リビングかダイニング、若しくは準じる談話室的な空間。

なにはともかく会話

子供がどんな事をしているのか興味がある単純に。

学校での様子や友達とどんな遊びをしてるのか。

最近どんな本を読んでるのとか最近いやな事はどんな事だったとか

聞けることは何でも良く質問するようにしてます。

意図と言うわけでもなく

ただ、気になるから。

ただ、この一つ一つの積み重ねが

後の親子関係性の基礎になると信じ丁寧に積み上げて生きたい。

大村市 子育て 育メン

マラソン

どうも、岩崎です。

娘の通う小学校で学年別にマラソン大会らしき

ものが行なわれた模様で

その様子を友人からLINEで画像が届けられた。

曰く、画像後に二人抜いたらしい。

娘は友人をみつけると

私も応援が欲しい!そんな目線で訴えかけたそうな。

我々夫婦は仕事の関係上、参観は出来なかったので

娘からすると、応援してくれそうな

知っている大人は彼女だけだったのだろうと思うと

その心持を考えさせられ、親としては友人にありがたいと思うばかり。

しかしうちの子、あまり運動は得意な方ではない。

それが二人も抜くとは、応援とはなんと力に変わるものだろうか。

そんな反省も踏まえて今度の日曜は運動させようと

目論むも何故か熱を出し寝込む長女。

シュワシュワ炭酸飲料で癒されている娘を寝かしつけ

次女と砂場&おっかけっこでランをしたつもり。

はあはあと息を切らせた娘はとても満足げであった。

大村市 子育て 新築 リフォーム

まばゆい時間

IMG_3556.jpg

どうも、岩崎です。

我が家の長男 だいちゃんは1歳半を迎えた。

日常的な家事育児と忙しく、なかなか余裕がゆっくりくる事はない。

長女は学校から戻ってくると

宿題もせず、毎日不思議なお遊びに興じてる。

「宿題した?」

帰宅するとその一言が挨拶のように繰り返される。

いや、これは反省せねばと思いつつも、「やらねば」と

言わねばならぬ気持ちと「宿題せんでもええやろ」と言う気持ちが

同居する。

次女は最近、返事が大きくて困る。

呼ぶと「はあああああ~~~いいい!!」と叫ぶ。

歌う、騒ぐ、まるでライブ会場のようだ。

「大人しくしなさいと」言っても不満だろうし

近隣に迷惑にならないよに、放っておく。

長男のだいちゃん

ご飯をもりもり食べる。

特に果物を良く食べる。と言うか

与えている。

こいつの体の半分はバナナとりんごで出来ているのかもしれない。

その分、もりもりとウンコも特大である。

登園時直前にうんこをしているのを発見。

ここで悪魔が囁く。

悪魔「いいじゃん、保育園の先生に換えてもらおうぜ!」

そんな声を背後に聞きながら、お風呂場に向かい

おしりをジャバジャバと流す。

気付かないなら仕方ないが、気付いたのだから

このまま先生にはお渡しできまい。

そんな忙しい毎日が私にはキラキラと輝いてみえる。

毎日子供と触れ合って毎日目にしていたつもりだが

長女も気がつけば、もうすぐ8歳。

当たり前だが、時間は戻らない。

なのに親の時間の流れに比べ

子供の成長の早い事。

アッと言う間である、恐ろしい程時間はない。

もう、戻らない時間を悔いなく過ごすために

この時間を何よりも大切にしていきたい。

大村市 自然素材の家 新築 リフォーム 子育て

夫婦の成長速度

どうも 岩崎です。

うちの子供は毎日のように

朝ごはんにはりんごとバナナとお米となにやらと。

動物か何かですか?って思うくらい

果物食べてる。

そう言う私もりんご程度は一切れくらい頂戴する。

それ以上は中々手が伸びない、なぜだろう果物食べると

体が冷えるイメージが脳内の片隅にあり

寒い時期は特に手が伸びない。

だがしかし、特段悩んでいるわけでもないので

気にもしないのである。

さて、夫婦の成長速度とタイトルをつけたので

がんばって考察してみる。

個人的には交際~結婚を機にある一部の分野が

リセットされると感じる。

もしかしたら同棲をしていれば回避できる事なのかもしれない。

その問題は生活習慣と物の価値観とお金とこれからの教育ではないだろうか。

お金はナイーブ過ぎるのでここでの話は少し控えておくが

出来れば執着しないほうが良い。

生活習慣はこれから慣れないとね。

価値観は擦り合わせが必要よね。

教育は子供が生まれる前に少しくらいは考えたほうが良いかもね。

で、夫婦の成長速度は「許容理解範囲」をどれだけ認められるか。

今風に言うならば「ダイバーシティー」(多様性)を取り入れる心の器が大事。

もっと分かりやすく言うと「そんな事くらい許してやりなさいよ」とも言う。

これが無いと、ずーとギスギスしたままの生活、楽しくないし関係も成長しない。

「相手を許すこと」って最初は中々むずかしい。

口で言うほど簡単じゃない、だって許すってさ、自分が持ってる「権利」みたいな

ものを放棄するってイメージだもんね。

一回許しちゃうとそれが当たり前みたいな。

浮気とか暴力とか非常識なものを一概に許せって言ってるわけではないので。

例えばお金の管理、通帳や使い道

毎月5万の食費がどうやら無理っぽいので

来月から5万5千円にするね、ってのをきちんと話し合って

「そうしよう」と言える度量が必要だ。

ここのミソは5万円の食費は決して達成できない金額ではないという事。

「もっと安くできるだろ?!」と言わない度量を話し合いで見つける事をすすめる。

中国産や何が入っているかもしれない食材なら月4万で済むかもしれないが

グリーンコープや減農薬野菜や果物を、家族の体のことを思ってちょっと割高かも

しれないが、健康を考えて仕方ない支出と捉えるべきなのかという事。

どれだけ、相手の領分の範囲を許容してあげれるか。

それだけで、パートナーにとって暮らしやすい環境になる。

だって、不満顔のパートナーと生活するより

笑顔のパートナーと生活するほうが

どれだけ、心の平安が保てるか。

何でも許せと申すわけではないが

より許したほうが、生活は楽しくなる。(範囲をワキマエテネ。)

パパ業

「パパになる」

夫婦は子供さずかると
母と父と、それぞれ役割が出来る。

どこまでが全うな役割かは
明確に線引きできない世の中ありますが

父親目線で書いてみようと思う。

お父さん パパ ダディ

出産時のおろおろパパは子供が誕生してからも
引き続きおろおろパパで
何をして良いのか分からない。

とりあえずは「ママ」の時間が必要だよねと
距離を置く。

距離を置いたとて、問題何も変わってない。

問題は「子供との付き合い」

どうあやしていいか分からない

どうしていいかわからない

なにをしたらいいのかわからない。

心構えもない

実際のところ、それも仕方ない。

新しい職場に入り翌日より

「パパ君頼むよ!わはははは」と

言われようもので

まず何から手を付けるべきかが分かってない。

なのでパパとなった旦那はまず

一番事情が詳しいママに相談する。

「なに したらいいかな?」

至極全うなやり方思う。

しかし、結局パパしての役割を見出せず

分からない事はママに取り合えず聞こうと言う

姿勢が続き、習慣化してしまうと

「なに したらいいかな?」

とママにとっては

「言わなければ動かない残念な人」になってしまう。

子育ての最中、ママは全身全霊をかけて

子供に集中している。

余計な事に時間を割いている時間は無い。

この延長上に子育て期間はずーと

余計な事に時間は割けないのよモード入る。

子育てが終わると、反動で

「何していいのか?モード」に入る。

ママは「勘の良いパパ」を求めている

あれこれ言わずとも、自分のやるべき事が

分かるパパはママからも子供からも信頼勝ち取る

この時期の信頼は生涯に渡り

確固たるパパ像を築いてくれます。

残念な事に、ここでパパパワーを発揮できないと

将来に渡り、夫婦の遺恨を残す非常に大きな危険性あり

また、子供とも信頼関係を上手く築けない

可能性も非常に高いです。

何故なら

この時期は

ママとって人生一番忙しく

一番きつい時期だからです。

この、人生で一番大変な時期を

本来は夫婦乗り越えなければいけないのに

相方となるパパときたら・・・・

「なにしたらいいの?」

これじゃ、切れられます。

「ねえ、オレのご飯は?」

「洗濯物は?」

これじゃ、とてもじゃないが

信頼なんて勝ちとれるわけが無い。

もし、将来にわたり幸せな家庭を

築きたいのであれば「勘の良いパパ」に

なるしかない。

家庭で頼られるパパは

将来、子供が成人した後でも

何でも話せる理想の家族になっているだろう。

そうじゃないと思う場合は

まったく逆の事を実践してみたらいい。

「家庭を省みず」

「子育てはママの仕事と言い」

「家の事はママに頼りっぱなし」

「都合の良いときだけパパ顔」

大きくなった子供はパパとは口も聞かなくなり

ママはママ友達と出かけてばかりで

たまの休みに出かけようか?と提案しても

誰もパパの提案にはのらない。

豊かに生きる何?

何が自分を満たしてくれるのか?

それを、真剣に見つめないといけない時期が

「パパ業」の始まりです。

これから子育ての方も

今も子育ての方も「パパ必見」です。

夫婦  共に生きるってどういう意味だと考える。

どうも、岩崎です。

子育てや家族の相談をよく受けますが専門家ではないです。

夫婦、元々別々の生きかたをしていた二人が

結婚と同時に同じ生活を受容するようになる。

場合によってはお金も同じになる、様々な物も。

そうならない場合もある。 お財布は別々だとかね

それは、個別で話しあえばよいと思います。

どっちが良いとか悪いとか個人で感じ方も違うので。

違う二人が結婚し、家族の準備にはいります(子育て)

子供が生まれます、どういった教育をするのかが目の前に現れます。

夫婦でこんこんと話し合います。

話し合わない夫婦も沢山居ます。

子育ては妻の仕事とばかりに家事や育児をまかせっきりの父親もいます。

子供にとって家庭は一番の学び場

どう生きるのかどう話すのかどう考えるのか。

親を真似ます。

愛情をいっぱい受けた子供は自分が親になっても

わが子に沢山の愛情を注ぎます。

愛情が足りないで親になった子供は

同じように愛情を上手く与えられない親になる可能性があります。

育児家事をしない父親の住む家庭では

その子も将来、育児家事をしないでしょう。

頭のOSを変えない限り。

OSとはバージョンです。幼稚園OS小学校OS中学校OS・・・・・

社会人OS父親OS

オペレーションシステムです、ウィンドウズ10とか、そう言った類のものです。

例えば、小学校OSで中学に入ると、厳しい上下関係で失敗します。

部活動で口の利き方をしらないと先輩から無視されるか怒られるか。

小学校でのノリ?が通用しない世界です。

OSをバージョンアップさせて中学校OSに入れ替える必要があります。

それと同じように結婚し父親になったときには

父親OSに入れ替えないと、失敗します。

この失敗は仕事や人付き合いの様に明確に目にはすぐ現れません。

じわじわと蓄積され「家族関係」に少しずつ影響を与えます。

親を尊敬しない子供

家庭不和

熟年離婚

想像してみてください。

もし、貴方の子供がまだ小さい(1~9歳)場合

これから将来、子供から嫌われる親になるのか?

どうやったら嫌われるのか?

自分が子供ならどんな親が嫌か?

自分はどうなのか?

自分は親を尊敬しているのか?

尊敬しているなら、どこを尊敬しているのか

尊敬できないならどこができないのか。

話を戻します。

夫婦   良く「共に生きる」と言います。

寝食を共にするのが共に生きる?

私は違うと思います。

別々に生きていた二人が結婚を機に生活を共にします。

生活の中でも、その「別別」は維持されます。

オレはオレ。  私は私。

しかし、その考えを取りまとめる存在が出てきます。

それが「子供」だと思うのです。

別々の生きかたで、その延長上の結婚後の暮らし。

しかし、子育てにが始まると「どういった人間に育てるのか?」が

夫婦共通の子育て作戦だと思うのです。

そこから二人の思考をまとめていくことから始めます。

意見を言い合い、沢山勉強し、色んな話を聞いて

子育ての道筋をつけます。

この過程に置いて、子育てを通じ共に生きるという事を

確認できるのではないかと信じています。

寝食を共にすることが「共に生きるじゃなく」

同じ方向を見て、一緒に歩いて行くことが「共に生きる」